酒の貴賤(きせん)

酒を飲み始めた若い頃、近所の酒屋に行って焼酎を見ていたら、『それは労働者の飲むものよ』と酒屋のおかみさんに言われた。

この場合の労働者とは肉体労働者のことだろう。

高校の体育の先生が言ってたな。『肉体労働者は仕事から帰ると、まずアンパンを食べてから焼酎を飲んで』と。

その頃、昔住んでいたところに近い土橋通りには、大きな造り酒屋があった。

たしか「若緑」という焼酎を造っていた。

午前中に近所を通ると芋をゆでるにおいがした。

今は大きなマンションになっている。

この「若緑」は仙台の肉体労働者が<とんちゃん>をお供に飲んだ酒だ。

フォークの神様の岡林信康は、昔ギターをつま弾きながら歌っていた。

 今日の仕事はつらかった
 あとは焼酎をあおるだけ
 どうせどうせ山谷のドヤ住い
 ほかにやることありゃしねえ

 一人酒場で 飲む酒に
 帰らぬ昔が なつかしい
 泣いて泣いて みたってなんになる
 いまじゃ 山谷がふるさとよ 
 ・・・・・・・
 (山谷ブルース)

しかし近頃では、上野のガード下のアメ横をぶらつくとホッピーなるものがメニューに出ていて、若い女性も飲んでいる。ハイボール気分なのだろう。

落語家が「ホッピーなんざ、昔は台東区と江東区の飲み物だった」と言っていた。

台東区は上野・浅草、江東区は錦糸町・亀戸。

確かにホッピーが似合いそうな町である。

山谷は浅草にあった。「あしたのジョー」の舞台でもある。

しかし、今は高級焼酎というものがあるそうだ。

《クセがあり一見飲みにくいと思われがちな焼酎でも、1本3000円以上する高級焼酎は非常に飲みやすく、普段はお酒を飲まない方やきついお酒が苦手な女性も、思わず美味しいと口にしてしまうほどの至極の味わいが楽しめます。》

こう言われても、3000円も出して焼酎を飲みたいともあまり思わないが。

日本酒も純米、本醸造、吟醸など高級路線がそろっている。

書道界のある大家は「おれは純米大吟醸でないと飲まねえ!」と偉そうに言っていた。

この大家こそ、焼酎が似合いそうな風貌、品格だった。『酒飲む暇があれば、もっといい作品を書け』と言ってやりたかった。

ある銀行の支店長と料理屋で会食していた時、その支店長は酒に詳しいことを知っていたので、メニューにあった純米大吟醸を頼んだ。

その酒の大家は一口飲むなり「これは純米大吟醸じゃない!」と言った。

慌てて取り換えてもらった。私がいつもの寿司屋に行ったとき光景。

その酒の大家は寿司屋の親方と利き酒をしていたことがあった。

親方が誰かに飲んでみてくれと頼まれたもの。

二人の評価、「まあ、お燗すれば飲めるね」というものだった。

沖野の酒屋によく通っていたおやじの言葉

『仙台で飲む一級の両関より秋田で飲む二級の両関の方がうまい』

『日本酒に貴賤無し』 という言葉があるそうだ。

しかし、やはり貴賤とは言わないまでも、上品か、下品かの違いぐらいはあるような気がする。

ワイン、シャンペン、ブランデーはどうか。私が会社員時代によく飲んだビールやウィスキーはどうか。

思い出に残っている言葉が二つある。

その一

イギリスのチャーチル首相(Sir Winston Leonard Spencer Churchill)だったランドルフ・ヘンリー・スペンサー=卿は「私の父上は、Whiskyなどは飲まなかった。」と言ったそうだ。お父上は Lord Randolph Henry Spencer-Churchillは貴族で、イギリスの政治家、軍人、作家だ。

その二

私が英語を習っていたアメリカ人の先生Ruth Greyvilleさん。20代前半の女性。

「私が日本に来て驚いたのは、女性がビールを飲むことでした。」

先生はペンシルベニア州のフィラデルフィア出身でお嬢様でしたね。

(和)